けやきのからだ。

AD/HD 手帳は二級。23さい

自分勝手なわたしの頭。

今日は予定していた美術館に行くのを、
美術館の目の前で辞めた。

もう見られないかもしれない作品よりも
もう忘れてしまいそうな感情を留めておきたくなったからだ。

いつでも行けるチェーン店のカフェで、
煙草を吸いながら、
わたしは近くのコンビニで買った茶封筒と太字のペンで
文字を殴るように書いた。

楽しかった。

だけど、目の前には美術館に行きたかった人が退屈そうに座っている。

だからわたしは、自分のことを駄目な人間だと思った。

わたしの時間には、人に合わせてもらっている時間ばかりで、自分は本当に社会に適合しないんじゃないかと思った。

わたしは自己評価が低い。
わたしがわたしを評価するには、駄目過ぎる自分だった。
どうしてこんなに自分ばかりになってしまうのだろう。

どうしてこんなに自分の頭の中が動き出したら
大切なひとも、大切な約束も、大切なものも、大切なルールも、全部全部、頭から消えちゃうんだろう。

私は自分勝手だ。
でも、それしか出来ない。

私も自分勝手だけど、
本当はわたしの頭が自分勝手だ。

勝手に大切なひとや、大切な約束、大切なもの、大切なルールを消しちゃうからだ。

わたしは私の頭の中が一番自分勝手だと思う。
わたしが制御出来ない何かで、わたしを追いつめて、
わたしを寂しくさせて、わたしの優しい未来を奪って行かれるんじゃないかって思う。

わたしはその頭のせいで、
わたしは人に自分勝手でワガママだと思われる。

わたしは、その人の言うことが少しだけ分かる気がしている。

だけどわたしは、目の前にいる人に何を応えたらいいのかが分からない。

だから、どうやって話したり、どうやって一緒に居続けたり、どういう風に考えたらいいのか、分からない。

私は人前でどう振る舞うのが正しいのだろう。
一人での在り方ならいくらでも分かるのに、人前での在り方が、わたしには分からないのだ。
目の前の人の為に、
心の中では、出来ないことでもしてあげたいのだけれど、何をしたらいいか分からなくて、何も出来ないでいる。

今のわたしはただワガママで、ただいい加減で、ただルーズで、ただ煙草が好きで、ただ人情も何も忘れてしまうような、
ただのゴミくずだから、
だから、
そんなわたしにこれ以上、
「ありがとう」
と言わないで。

これがわたしのエゴだったとしても、「ありがとう」と言わないで。

一人になれば、ゴミくずじゃなくて、何が正しいかが私の体に染み付いている。
だから、わたしは、一生、
一人になりたい。

だから、わたしは誰かと一緒にいてゴミくずになるよりは、一人でありたい。

それは多分俺のことが好きすぎて。

わたしは、何事にもナイーブになる。

おばぁちゃんが、4年前くらいだっただろうか、、
わたしのことを
ナイーブ過ぎると言った。

その時、それは皆がわたしをそうさせるんだ、と心の中で思った記憶がある。

わたしには周りの人が、ナチュラルに人と関わりすぎているように感じていて、だからナイーブになるんだって。

わたしは昨日も、ナイーブになって、彼を困らせた。

ごめんなさいと訳も分からず謝ると、
たぶんそれは、俺のことが好きすぎて、、
と、冗談みたいなことを言われて笑った。

わたしはあなたと関わることが、全然ナチュラルに出来ない。
たぶんそれは本当に、あなたのことが好きすぎて。

何年か前に病院で、もう大丈夫だよと褒められて、自信を持つことが出来た。
大丈夫だと言われたから、自信をもって外に出た。
けれどそれからわたしは、周りの人との違いに唖然としたままでいる。

わたしは、病院の中の優等生でしかなかったこと、
外の世界とは全然違う基準の合格だったこと、そういうことがよく分かった。

病院にいない人は、
毎日、朝起きて働くことや、電車に乗ること、人とごはんを食べること、誰かと友達になること、全部当たり前だと思っている人ばかりだ。

病院の合格なんて、外の世界では不合格だった。

病院でした沢山の練習は、なんのためにしたのだろうと
ぼー、っとすることが増えた。

病院は、すごく苦しかった。すごく辛かった。でも乗り越えたら、わたしは外で生きることが出来ると思っていた。
そして退院した患者は皆、外でも生きていけると信じていた。

また病院に行って、出来ないことの練習をしても、あなたに適う人にはなれない。

病院では、人と同じように生きていけるように沢山練習したんだけどな、、
なんて、あなたと同じ目線で付き合いたくなってから、あなたとナチュラルに関わることが出来ないと、わたしは思い知らされた。

確かに昨日わたしは、あなたのことが好きすぎて泣いていた。

あなたにごめんねと言ったのも、自分が情けなくていつ死んだっていいと思ったからだ。

けれど、あなたに何かが出来るなら、そのために生きていようと思った。

あなたの苦しみを、痛いほどに感じることが出来る。
わたしも、あなたに共感できるような苦しみを感じたことがあるような気がした。

ただ、
無力であることがこれほど無力であることを、いままでずっと、
知らなかった。

あなたの、
多分俺のことが好きすぎて、、っていうわたしの涙の理由が、冗談のくせに的を得ていて、笑いながら泣いてしまった。

自殺の一歩。

2015,2,27

はじめて不安感に襲われたとき、これは「助からない」と思った。
「救われない」という方が感覚として近いかもしれない。
なぜなら「これ」は他の人には伝えられない気がしたからだ。

今まで、不安には理由があって説明が出来るものだったのに、
この感覚は伝えようがない、と途方に暮れた。

「急に不安になるんです、」
「強い不安でいっぱいになるんです、」
「不安になった時は何も出来なくなるんです、」
・・・・・
とそんな説明をいっぱい考えてみたが、
「全部ちがう・・・」
と絶望感でいっぱいになった、六年前くらいのある日。

今もわたしは不安になる。
いつからこの不安感が当たり前になり、それをザワザワと表現すれば主治医の先生に伝わり、親しい人にも伝わり、その為の薬ももらえて、病名もついて、同じような知り合いも出来、その対処法も分かると、知りはじめたのだろう。
今それを思い出せないことが、なんだか怖い。


「死にたい」と口にするようになったのはあの、
不安に蝕まれるような感覚が伝わらなかった時が初めてだっただろうか・・
それも記憶にない。

はじめて「死にたい」と口にしてから、「死にたいと言う抵抗」のような壁が消えた。
それから何の抵抗もなく死にたいと言うようになった。
勇気を振り絞って一歩を踏み出すとか、そんなことよりも簡単で、そして自然だった。

自傷も同じように壁がなくなった。

そして今、死にたいと言うことがなく、自傷をしない自分に対して今度は、
「自殺」の一歩がなくなる気がするのはおかしくはないような気がして、
怖くなった。

adhdは全く大丈夫な障害ではない。

わたしは思春期の頃に、adhdという診断を受けて、それからadhdとして生きている。

adhdについて相談される時、
「これって大丈夫なのかなぁ」
と聞かれることが多々ある。

わたしは必ず、「大丈夫ですよ」と答えている。

だけど、「adhdでも大丈夫ですよ」、と人に言っているのに、
それを信じてもらうと何となく罪悪感を感じる。

だけど、「大丈夫じゃないですよ」なんて、目の前で困り果ている人に、どうしたら言える。
どれだけ努力したら言える。

大丈夫ですよ、と言うのは簡単だ。

だけど、「大丈夫ではないですよ」、という言葉は、それを説明をする為に、どれだけ努力しないといけないのだろうと思う。

大丈夫ですよの言葉の裏側には、
沢山の困難があるけれど「人間はすべてそれらを乗り越えていけるようになっているから大丈夫」
と言っているようなところがあって、本当は全く具体的ではないのだ。

何もしなければadhdは全く大丈夫な障害ではない。

遠距離恋愛 【妄想】

わたしには、16歳年上の社会人の彼がいる。

明日から私たちは、彼の仕事で人生初の遠距離恋愛をすることになった。
ただ仕事の忙しい彼には時間がなく、わたしたちが会う頻度は遠距離であろうとなかろうと、
少なめだった。

今日はそんなわたしたちの、久しぶりのデートだった。

一緒に行こうと決めていたカラオケを、明日からしばらく会えなくなる寂しさでやめた。

何もすることのなくなったわたしたちは、2人で黙って歩いた。
いつものわたしなら「折角のデートなのだから」と黙っている時間は勿体ないものだった。
しかし、今のわたしたちは会話もせず目も合わせず、手も繋がない。

わたしは彼との間に今までにない、不思議な空気を感じた。それは危機感のようなものだった。

いま2人で歩くわたしたちの間には、何とも言えない距離があって、その隙間に少しずつ人が流れ込んできた。

「「まるで2人で歩いていないみたいだ」」と思った。

わたしは慌てて彼の存在を確かめる。彼はいつもと変わらず、何も考えていないようだった。

周りの人には、わたしたちがつき合っているようには見えないだろう。

途端、、わたしたちの間に急ぎ足の自転車が走った。
自転車が斜め前の彼を隠した時、悲しくなった。

わたしは彼と付かず離れずゆっくりと歩いた。
わたしたちの距離感はどれだけ歩いても変わることはなく、
ふと遠くを見ると木々の間に夕焼けが見えた。

「まるで太陽がおっこちてきたみたい!」

大きくてまんまるな光に感動した。無意識に彼の方を見てしまった。

それを伝えたくて、そして、彼が笑ってくれるかもしれないという淡い期待を抱いて。
しかしわたしの期待は一瞬にして砕かれ、すぐに現実へと引き戻された。

わたしたちの間には何とも言えない距離があって、それを埋めることは容易くない。
明日から、わたしたちは離ればなれになるのだ。

きっと怒りでもない、すごく寂しいわけでもない、愛情がないわけでもない、この時間にお互い満足もしていない。
それなのに、私たちには何かが出来なかった。

慣れてきた今の距離感に、ごくり・・・、と涙をのんだ。
分かりきっていたことに落胆した。
ただ一言「きれいだね」と言えなかった。
単純な会話も出来なかった。
現実から目を背けて二人で楽しく笑い合うことも、今更したくなかった。

こうしてただ歩いている間、わたしは時間が刻々と過ぎていることを痛いくらいに感じた。
息苦しくなるもどかしさと疲れた足を持ち上げて階段を昇っている時、
困ったように彼が「結構歩いたね」と言った。わたしはただうなずいた。
彼がやっと口を開いてくれたのに、わたしの心は少しも動かなかった。

今日がわたしを、ひたすら傷つける。何も出来ないもどかしさが責める。

いつまでも核心をつけないのならば、いっそ彼に抱きついてしまおうか。まだ間に合うだろうか。

けれど考えることに疲れてわたしは、ただひたすら歩いた。彼のことなんて忘れたように歩いた。

すると私たちはやっと同じ気持ちになれた気がした。

空しさを感じが、もうすぐ1日が終わる。

この冷たい時間ももうすぐ終わる。

精神科入院 (小児思春期精神科)

1月21日 入院初日 今日
寝ながら空を見ていた。

青い青い空がいつ見てもあった。

寝ながら空を見ていた。
白い白い雲がいつ見てもあった。

わたしの心には「退屈」にしかうつらなかった。

寝ながらでないと、空を見られなかった。

上を向いてもただ真っ白い天井とカメラがあるだけだった。

だから寝ていた。
1日中寝ていた。

やるべきことが分からなかったから寝ていた。

白い部屋の丸見えのトイレと固い二重扉に背を向けてわたしは眠った。
急に涙が出てきた。

空を退屈だという自分のせいで、辛くなったのだった。
求めることしか出来ない貧しさに、辛くなったのだった。

わたしは自分の存在を確かめたくて泣いた。結局わたしは、ひとりぼっちだった。
今、わたしはひとりぼっちだ。

自分がありのままにくっきりと見え、それが悲しくて仕方がなかった。
悲しくてまた泣いた。

空は真っ暗になっていた。
段ボールの上のカレーライスが、わたしを無心にながめていた。

※精神科に入院していたときに書いていたメモの一部。

命だけを守られることが嫌だった。

精神科の閉鎖病棟に入院中、わたしは自分に対して強い無力感に襲われることがあった。
その無力感に対する支援は「命」と、「普通の生活」をおくるためだったからである。

わたしはどうしても、普通の生活を押し付けられて、「命」だけ守られることが嫌だった。

わたしは障害をもっているけれど、普通の生活を送ることに留まらない「生き方」がしたいのだ。

支援をする人は、その為に学び、生き甲斐を持っているように見える。
わたしだって、そういう風に【生きたい】と思った。

どんなに周りと馴染めなくても、
自分が求めるものを出来るようになる幸せに、自分を肯定出来るような気がした。
 そうなれば特別に「わたし」を求めてもらえるかもしれないとも思った。

命をまず保たせ、普通の生活をおくるためという理由と、定義があって支援がある。


けれど、命を大切にするあまり、人生をかえりみなくなることがあるんじゃないかと思う。


わたしはそれが嫌で、だったら特別じゃないといけないと思ってきた。

だから無理矢理支援を受けなければいけなかった入院中は、無力感ばかり感じていたのだ。