けやきのからだ。

AD/HD 手帳は二級。23さい

adhdの人々は感謝をしないのか。

adhdの人は感謝の気持ちがない、と言われることがある。

結論からすると感謝の気持ちが、はじめから強い人々ではない、かもしれない。
私自身、周りの人々より自分の方が、ありがとうの回数や感謝の「使いどころ」が圧倒的に違うような気がして、
不安になった経験がある。

そもそもわたしも、人に感謝を求めないし、嬉しくもなかったりする。
何かの役に立つとするなら、役に立ったことそのものにしか意味を感じないからだ。

しかし、もし神様がいて、わたしが産まれたときプレゼントをくれたとするならば、自分に障害があることだと感謝することはある。
わたしはそれ以外、人と違ったことがない。
特別な個性があるわけでもないし、外見が人と異なることもない。
得意なことや不得意なことも、人と平等に振り当てられているように感じる。

唯一人と同じではないこと、それはadhdであるということだ。
それはありがたいものだった。

adhdとして、adhdではない人々の「感謝の文化」を学べた。
そして、その感謝の文化がいろいろな場面で潤滑油的な役割をすることも学んできた。

しかし、わたしにとって表面上感謝することは、「相手をだますこと」、「自分が上に立って相手を侮辱する」という意味に近いのだ。

学べることは人よりも多い。
adhdのわたしにとって感謝とは、溢れ出るものでも、人間関係のお約束でもなく、
大半が学ぶものだった。

学んで、感謝の気持ちとはどういうものかを知り、
自分も心の底から感謝をしていくようになる、そんなものだった。