けやきのからだ。

AD/HD 手帳は二級。23さい

自殺の一歩。

2015,2,27

はじめて不安感に襲われたとき、これは「助からない」と思った。
「救われない」という方が感覚として近いかもしれない。
なぜなら「これ」は他の人には伝えられない気がしたからだ。

今まで、不安には理由があって説明が出来るものだったのに、
この感覚は伝えようがない、と途方に暮れた。

「急に不安になるんです、」
「強い不安でいっぱいになるんです、」
「不安になった時は何も出来なくなるんです、」
・・・・・
とそんな説明をいっぱい考えてみたが、
「全部ちがう・・・」
と絶望感でいっぱいになった、六年前くらいのある日。

今もわたしは不安になる。
いつからこの不安感が当たり前になり、それをザワザワと表現すれば主治医の先生に伝わり、親しい人にも伝わり、その為の薬ももらえて、病名もついて、同じような知り合いも出来、その対処法も分かると、知りはじめたのだろう。
今それを思い出せないことが、なんだか怖い。


「死にたい」と口にするようになったのはあの、
不安に蝕まれるような感覚が伝わらなかった時が初めてだっただろうか・・
それも記憶にない。

はじめて「死にたい」と口にしてから、「死にたいと言う抵抗」のような壁が消えた。
それから何の抵抗もなく死にたいと言うようになった。
勇気を振り絞って一歩を踏み出すとか、そんなことよりも簡単で、そして自然だった。

自傷も同じように壁がなくなった。

そして今、死にたいと言うことがなく、自傷をしない自分に対して今度は、
「自殺」の一歩がなくなる気がするのはおかしくはないような気がして、
怖くなった。